道の途中で

生き辛さ、不安を抱える人へ。スピリチュアルが私に教えてくれたこと。

自分の誤解を解く

産まれたときから成長するまでに育まれる自己愛、それは人が生きるための基盤根源となる自己承認の獲得に繋がります。

 

ならばその機会を得られないまま成長してしまった人は、一体どうすれば良いのでしょうか。

私は過去に戻り、間違いを訂正する以外にはなかなか難しいのではないかと思います。

何故なら、今現在の自分が無条件に自分を愛そうとしても、潜在意識がそれにストップをかけるからです。

 

自己愛は、主に私たちの潜在意識から得られる感覚です。

人の思考は、自分で意識できる顕在意識と、幼少期から繰り返されることによって自分では意識できない部分に潜む潜在意識の両方から成ります。

そしてその影響力は、潜在意識が90%以上を占めるのに対して、顕在意識はわずか10%足らずです。

今、自分が自分を愛そうとする意識は、顕在意識であり、どんなにがんばっても潜在意識には到底及ばないのです。

 

「そのままの自分を愛そう。」

私はそんな言葉にずっと違和感を感じて生きてきました。

そんなことどうやったらできるんだろう、どんなに考えても分かりませんでした。

 

今ならよくわかります。

何故なら、顕在意識の届かない場所で私の潜在意識が繰り返し私に語りかけていたから。

「あなたはダメな子だ。」

「誰にも愛されない。」

「誰からも嫌われる。」

そんな状態でいくら自分に愛してると言っても、騙されるわけがありません。

 

人からの愛情を信じられないという人も同じだと思います。いくら愛されても、潜在意識が否定的な言葉を発し続けていれば、それを受け入れることは到底難しいのでしょう。

だから、潜在意識にその間違いを認めてもらうことが必要なのです。

 

潜在意識は、この世界がどういうものなのかを認識する過程である、生まれたときから幼少期にかけて、そのほとんどが育まれます。

ならば、その時の自分に間違いを認めてもらいます。

もちろん私たちはタイムスリップなどはできませんが、自分の内面に繰り返し問いかけ、耳を澄まし、対話することでそれに近い経験が可能になります。

 

自分が愛されないと思って生きてきた人の内面には、必ず小さな子どもがその頃の痛みを抱えたまま存在しています。

その小さな子どもは自分自身。だから自分の内面に何度も問いかけます。

 

自分の嫌な感情を感じたとき、避けたい感情とぶつかったとき、その感情がどこからくるのか探っていくと過去のできごとに辿り着く場合が多くあります。

その過去に傷を負った時の痛みや苦しみを全て思い出します。

ゆっくりひとつずつ。

自分がその時感じていた痛みも、包み隠さず全てさらけ出します。

それは、まるで今ここに存在する恐怖のようにさえ感じられるかもしれないし、自分が小さな子どもに戻ったように不安になるかもしれません。

だけど、それは今この現実で起こっていることではないのだと、心が痛みに耐えられないようなときはその事を思い出してください。

 

全てを出しきったら、今の自分が考える正しい視点で物事を見つめ直します。

小さい子どもの視点ではなく、今の公正な視点で再度その記憶を認識します。

 

(私の例です。)

私は、皆に嫌われる存在だとずっと思ってきました。何故なら母が繰り返し私にそう言っていたからです。

私が何か弱音を言うと、母は言いました。

「あんたみたいな子はみんなに嫌われる。」

「イジメられるのはあんたが悪いからだ。」

だけど、私は本当に皆に嫌われる存在だったのでしょうか。母は何故そう言ったのでしょうか。

 

私が小さな頃、母は心に怒りを抱え、常にイライラして攻撃的でした。彼女が心を病んでいたのだと気付いたのは、大人になってからです。

母もまた満たされない幼少期を送り、怒りや怖れを抱えることで自分の身を守ろうとしてきました。

 

怖れの強い人は、自分の中の認めたくない部分を極端に恐れます。 

何故なら、その露呈はその人にとっての存在理由を脅かすものだから。

母は、弱い存在である子どもの私の中に認めたくない自分の弱さを見ていたのでしょう。

それをどうしても許せなかったのです。

それは彼女の問題であり、決して私自身の問題ではありませんでした。

 

今、大人になった私が子どもに対して感じる思い、それは全てが愛される存在、そのままで愛される存在だということです。

そこに条件は発生しません。

 

特に感受性の強い子どもは、周囲のネガティブをポジティブに変換しようと躍起になります。何故なら痛みに敏感だから。

自分の痛みだけでなく、他人の痛みもまた自らのもののように吸収します。

私は全ての子どもと同様、愛される存在でした。

 

その気付きを、苦しんでいる小さな私に何度も伝えます。納得してくれるまで何度でも繰り返し。

 

幼少期の傷はとても繊細で、ひとつの傷から派生した小さな傷が芋づる式に引き出されます。

その苦しみを受け止めることは、とてつもない痛みを伴う作業でした。

 

でも、私はそうやって癒されました。

ひとつずつ自分の中の誤解を解いていくこと、それはまるで雪解けのようでした。

深い深い雪の下から大地が姿を表すとき、しっかりと根を張った芽吹きが、自分を愛せなかったあなたにもきっと見つかります。