道の途中で

生き辛さ、不安を抱える人へ。スピリチュアルが私に教えてくれたこと。

私にとってのスピリチュアル

私は、神や魂というスピリチュアルなものから、ありのままで生きることを学びました。

スピリチュアルというと、引き寄せとか、こうすれば幸運になれるとか、非現実的で他力本願的な印象を持つ方もいらっしゃるかと思いますが、私にとってのスピリチュアルは、人生の真理のようなものです。

 

スピリチュアルを学んでも、現実は何も変わることはありません。だけど、学ぶことで自分の内面に大きな変化がおき、結果、同じ現実の捉え方が全く変わってくる、というものだと思っています。

 

スピリチュアルという目に見えない世界に、初めて足を踏み入れたきっかけは、レイキでした。

私は長らくエステの仕事をしてきましたが、目に見えないメンタルな部分が肉体やお肌に与える影響の大きさをずっと感じてきました。

肉体的に癒やすだけでは充分にはならず、もっと内面からアプローチすることはできないかと、いつも考えていました。

同時に、今まで抱えてきた自分の生き辛さを改善するきっかけにできればと、レイキを学び始めました。

 

レイキとは、周波数のチューニングのようなものです。それは、決して非現実的なものでも特別なものでもなく、そこにいつも存在してきたエネルギーです。

例えば、子どもがケガをしたり、具合が悪いとき、お母さんが手を当てますが、あれもレイキです。

手を当てられて、実際にラクになったり、ホッとしたりというのも、レイキの効果です。

 

私たちは、普段たくさんのエネルギーの中で生活しています。

火や電気、音、光のように、目に見えるものや見えないもの、そして、私たち人間もエネルギー体です。

世界は、人が知覚できるできないに関わらず、多くのエネルギーから成っています。

 

レイキは、そのエネルギー帯と周波数を合わせることにより、そのパワーを自分や他者に届けることができるものです。

レイキを行う人の役割は、それを届けるために、チューニングを合わせたただのパイプでしかありません。

 

ですが、パイプに完全に徹することで、実際にエネルギーを感じることもできますし、その恩恵に与ることができます。

存在している様々なエネルギーを知り、またエネルギーを浴び続けたことによって、私の内面ではゆっくりと変容が起こり始めました。

それは、それまで信じてきた世界観がガラリと変わるほどの、大きな変容でした。

 

それまで私が抱いていた認識の中では、この世界は怖れに溢れていて、私はいつも孤独で孤立無縁な状態でした。周りは全て敵で、生きることは辛い修行のようなものでした。

それでも、頑張ればいつか、この世界という舞台から降りることができる、それだけが心の拠り所だったように思います。

 

だけど癒しのエネルギーは、私の世界観を徐々に変化させていきました。

それはもちろん、私の気づきではありました。ですが、決して私一人の力で導き出したものではないと思っています。

私が知りたいと願うとき、必然のように真理へと道を照らしてくれる存在を、私はいつも感じることが出来たのです。

 

今まで私が感じていた世界、それはただ私が作り出していたものでした。

私は、怖れというフィルターをかけた本当は存在しない世界をずっと見ていた。

 

それらのフィルターを取り去った世界がどんなに美しいか、今までの人生でそのことに気づかなかっただけなのです。

ですが、それに気づいたとき、私は生まれて初めて、自分が生きているこの世界に安らぎを得ることができました。

 

全ての人は、愛の世界で生きることが、あるべき自然な存在なのだろうと思います。

怖れや憎しみは、自分を防御するために生まれる感情ですが、それは決して防御の役割を果たすことはありません。

それらを抱えたまま人は強くなれません。

それらは身を守るどころか、自分自身の弱さを自分に露呈してしまうものです。

そして、見えるものすら見えなくしてしまうのです。

 

そこに辿り着くプロセスは人それぞれなのだと思います。

ただ、私はスピリチュアルを通して、そのことを、そして本当の愛を教えてもらいました。

愛を得るためにと錯覚して身につけてきた様々な重しを外し、いかに純粋な愛を実現できるかを追求していくこと、それが私のスピリチュアルだと思っています。