道の途中で

生き辛さ、不安を抱える人へ。スピリチュアルが私に教えてくれたこと。

生き辛さを抱える人へ

精神科的な障害や症状がない人や気づいていない人の中にも、生き辛さを抱えている人は多いと思います。

私は幸いにも、摂食障害や不安障害など目に見える形で、そのブロックが浮上してきてくれましたが、ただあるがままにいられない、心が落ちつく場所がないという方も多いのではないでしょうか。

 

特に男性は、強く在れない自分を否定する傾向にあるため、その違和感に蓋をしてしまうこともあるかと思います。また、優しく、正義感の強い方ほど、心が不安定である責任を自らに起因します。

またそれは、実際に様々な精神的障害を持つ方も同様で、そうなってしまった原因を自分だけに求め、自分を責め続けている人も多いように思います。

 

ですが、それらの自己否定は、更に心を不安定にさせ、結果、生き辛さを増長させてしまいます。

私は、仕事上ひとりひとりの方と気持ちを深くまでお話をさせて頂く機会が多いのですが、それから分かったことは、それらの障害を抱えている人の多くが、幼少期において親子関係に問題を抱えていることです。

 

(017)母という病 (ポプラ新書)

(017)母という病 (ポプラ新書)

 

 

(051)父という病 (ポプラ新書)

(051)父という病 (ポプラ新書)

 

私は、この本を最近読みましたが、今まで私が抱えてきた感情や問題の全てがそこに書かれていました。まるで、自分をモデルにしたのかと思うほどに。

だからもし、もう少し早く出会っていたら、そこまで様々な症状に苦しみ、心身を傷つける前に自分を助けてあげることが出来たのでは、と思うのです。

不安の正体が分からない、何が原因なのか分からないけど、とにかく苦しいという方には、是非読んで頂きたい本です。

心がすごくラクになると思います。

 

著書の中では、親の不安定さがどれだけ子どもに負の影響を与えるのか、不安定な育て方によって子どもの精神状態が、その生き方や対人関係においてどんな形のブロックとして現れてくるのか、とても詳しく載せられています。

それは、正に正論で、私はそこに書かれているままのブロックの、その多くを経験しながら生きてきました。

 

ですが、著書の言うその原因の答え=親の育て方に子どもが生き辛さを抱える殆どの要因がある、というのは少し違うかなとは思うのです。

何故なら、同じように育てられたにも関わらず、心を病む人、病まない人がいるからです。

 

何故、その差が生まれるかというと、持って生まれた性質や、それぞれの魂の目的=この世で何を成し遂げたいのかによっても違ってくるのかもしれません。

 

私の夫の父親は、いわゆる毒親タイプです。自己中心的で、常に人を自分に従わせようとし、ありのままを認めない発言を繰り返します。

ですが、夫は自己卑下に陥ることなく育ち、精神面も強いと思います。

最初は不思議でしたが、長く一緒にいて徐々にその理由が分かってきました。

 

それは、共感力の違いです。

夫は、とても共感力が弱いのです。自他の境界線をしっかりと持ち、他者の感情や欲求に引きずられません。

逆に、共感力の強い人は、他人の感情を自分の感情のように捉えてしまったり、人との境界線を築きにくいことで、そこに存在する負の影響を全て自分のものとして吸収してしまいます。

 

ですので、幼少期から、親の感情が分かり過ぎてしまうため、親が問題を抱えていた場合、その問題を子ども自らが抱え込んでしまうのです。

 

「敏感すぎる自分」を好きになれる本

「敏感すぎる自分」を好きになれる本

 

 

エンパシー 共感力のスイッチをオン/オフしよう

エンパシー 共感力のスイッチをオン/オフしよう

 

私は、スーパーで他の赤ちゃんが抱っこしてほしくて泣いているだけでも、同じように泣けてくる強い共感力の持ち主です(笑)

そのような特徴を持つ人は、それを自覚するだけでも、かなり生き易くなるように思います。

 

これらはマイナス面でもありますが、共感力はかけがえのない才能でもあると私は思っています。

高い共感力によって、映画などのエンターテイメントをより楽しむこともできますし、書物や音楽などから、色鮮やかな世界を自らに取り込むこともできます。

他者の感情を理解することで、それをプラス方向に生かせれば、人との関わりをとても深いものにすることもできます。

 

私たちがこの世に生を受けた理由、魂の目的を知ることは、容易ではありません。

ですが、今まで自分が置かれてきた状況を否定せず受け入れることで、自ずと見えてくるものがあるのかもしれません。

 

全ては必然です。何故、この親に生まれ、その経験をしてきたのか、苦しんできたのか、そのブロックが必要だったのか。

おそらく、それ抜きでは無し得なかった魂の学びが、私たちにはあるのです。

 

そうすることを望んだ自らの魂を信じ、ネガティブだった経験だけに目を向けるのではなく、その本来の学びを模索することで、過去のネガティブな経験はポジティブな学びへと変換されます。

私たちは、未来を変えられるし、きっと、過去さえ変えられる力があるのです。