道の途中で

生き辛さ、不安を抱える人へ。スピリチュアルが私に教えてくれたこと。

ぼくのきみへ


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ねぇ。きみはやさしいひとだね。

いつも、みんなにやさしいね。

 

みんなのきもちをかんがえて、

だれかがかなしいときは、かなしみをなんとかしようとがんばったり。

だれかがくるしいときは、いっしょにくるしくなったり。

ひどいことをされても、あいてをせめたりしないんだ。

 

みんな、きみがやさしいことをしってるよ。

それに、おもしろいところもあるし、うまくいかなくておちこんだりもするけど、ほんとうはすごくがんばりやさんだ。

 

だけど、どうしてきみは、きみのなかのぼくにだけは、いつもきびしいのかな。

ぼくがまちがえることは、いつもゆるしてくれないし。 

ぼくがしっぱいしそうになると、すごくおこる。

ぼくがいやなことをかんがえたり、ふあんになったりすると、きみは、まるでぼくがいなくなったようにふるまうんだ。

 

だからそんなとき、ぼくはじぶんのそんざいをけさなきゃっておもうから、きみのよういしてくれたへやに、あわててかくれる。

ぼくは、ほんとうはへやからでたいんだ。

だけどきみは、ぼくがしっぱいするといけないからって、いつもへやにかぎをかけてしまう。

 

だけどぼくは、ほんとうにかくれなきゃいけないのかな。

ぼくは、そんなにだめなにんげんなのかな。

 

きみがそうやっておこったり、ぼくをゆるしてくれないとき、まるできみは、きみがちいさいときのおとうさんやおかあさんみたいだ。

そしてぼくは、ちいさいときのきみみたいだ。

 

だけどね、このまえ、かみさまがおしえてくれたんだよ。

ぼくは、ほんとうはすごくすごくいいこなんだって。

それにね、ぼくにはまちがえることも、しっぱいも、ほんとうはなんにもないんだって。

 

いやなことをかんがえても、ふあんになっても、ぼくにはかくれるひつようなんてないんだ。

たべたいものは、たべていいし、くるしかったらくるしいときにくるしいっていえばいいし、ふあんなときはふあんになってもいいし、さみしくなったら、いつでもあまえていいんだよ。

ぼくは、ううん、だれでもそうなんだ。

 

ほんとうは、ぼくはしってるよ。

きみはぼくを、ずっとずっとまもろうとしてくれてたんだよね。

むかしのきみはまだとてもちいさかったから、きみができるせいいっぱいのほうほうでぼくをまもってくれた。

だから、ぼくはいままでいきてこられたんだ。ありがとう。

 

だけど、きみは、ぼくをまもるために、もうどんなほうほうだってえらべるよ。

だって、きみはもうじゅうぶんおおきくなったんだから。

 

そして、ぼくもきみといっしょにせいちょうしてきた。

だから、もうまもってくれなくてもだいじょうぶ。

 

きみはしんぱいしょうだから、

ぼくをそのままにするのが、まだすこしこわいことをぼくはしってる。

それに、かっこつけちゃったけど、ほんとうのこというと、ぼくもすこしこわいんだ。

だから、そのときはかみさまにたよって、だいじょうぶだっていってもらおうよ。

 

ほんとうはね、たぶんみんなそうやってのりこえていくんだよ。

だけど、ぼくはながいあいだへやにかくれてたから、やりかたがわからなくて、すこしきんちょうしているだけなんだ。

 

だから、いっぽずつでいいよね。

きっとしっぱいもするけど、そのときはしょうがないなぁっていっしょにわらおうよ。

きみがいつもだれかにそうするみたいに、ぼくにわらってよ。

 

そして、またすすめばいいよ。

だって、まちがいなんてないからね。

ゆっくりゆっくりすすもう。

かみさまといっしょに。

ちいさなへやのかぎをあけて。

おおきなひかりにむかって。