道の途中で

生き辛さ、依存性や不安を抱える人へ。スピリチュアルが私に教えてくれたこと。

与えられることが怖いとき

私たちは幼少期からずっと

「誰かの迷惑になってはいけない。」

「恩は返さなきゃいけない。」

と聞かされて育ちます。

だから、誰かに「与える」ことはできても「与えられる」ことが上手くできなかったりします。

 

私は、その「与えられる」ことが本当に苦手でした。

不安障害で閉鎖的な状況が怖くなっていたのも、パニックを起こして誰かに迷惑をかけてしまうことがすごく怖かったからです。

どんなに迷惑をかけられたとしても、人に迷惑はかけたくないと、私はずっと思ってきました。

 

日本人はずっと、島国ならではの小さなコミュニティの中でお互いを助け合いながら、恩を与え、恩を返し、これまでやってきたのだと思います。

その中で培われてきた自分よりも相手を重んじる精神は、貧しい時代や戦時中、戦後など混乱の時代においては、日本という国を強く引き上げていくための団結力や個々の向上心のために欠かせない要素だったのでしょう。

 

戦時中、日本の植民地だったパラオペリリュー島の戦いのエピソードは、自分よりも相手を重んじる日本人の魂の美しさを私たちに伝えてくれます。

 

南の島に、日本の歌を歌う老人がいた。
「あそこでみんな死んでいったんだ……」
沖に浮かぶ島を指差しながら、老人はつぶやいた。

 

太平洋戦争のとき、その島には日本軍が進駐し陣地が作られた。
老人は村の若者達と共にその作業に参加した。
日本兵とは仲良くなって、日本の歌を一緒に歌ったりしたという。

やがて戦況は日本に不利となり、
いつ米軍が上陸してもおかしくない状況になった。

 

仲間達と話し合った彼は代表数人と共に
日本の守備隊長のもとを訪れた。自分達も一緒に戦わせて欲しい、と。
それを聞くなり隊長は激高し叫んだという

「帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるか!」

日本人は仲間だと思っていたのに……みせかけだったのか。
裏切られた想いで、みな悔し涙を流した。

 

船に乗って島を去る日 日本兵は誰一人見送りに来ない。
村の若者達は、悄然と船に乗り込んだ。

しかし船が島を離れた瞬間、日本兵全員が浜に走り出てきた。

そして一緒に歌った日本の歌を歌いながら、手を振って彼らを見送った。
先頭には笑顔で手を振るあの隊長が。その瞬間、彼は悟ったという。
あの言葉は、自分達を救うためのものだったのだと…… 

 

パラオの統治者である日本軍」としては、パラオ諸島の小さな島・ペリリュー島の 人々を“圧倒的不利な戦局”に巻き込んではならないと配慮したのだ。 
そして船舶も乏しい中、空襲を避けて夜間に船を出し、住民の全員をパラオ本島に 避難させたのである。 


そして日本軍はパラオを死守するために文字通り死を覚悟して戦った。 
日本は圧倒的に不利だった。アメリカに制海権・制空権を掌握されている上に、 
兵力14倍、航空機200倍以上、戦車100倍、重火砲1000倍という 
歴然たる戦力差。しかしそれでもアメリカの上陸作戦史上最高の損害比率を 
出させるほどに抵抗し、全く補給もなく73日間も守り通し、玉砕したのだ。 

最期に『サクラ・サクラ』という電文だけを残して。

 

その戦いの甲斐あって最大激戦地・ペリリュー島での民間人死傷者はゼロだった。 

戦争後に島に戻った島民たちは、放置されていた夥しい数の日本兵の 亡骸を泣きながら埋葬した。

後にペリリュー島のオキヤマ・トヨミと ショージ・シゲオが“ペリリュー島の玉砕戦”を、日本の国花・桜に託して 
作った『ペ島の桜を讃える歌』は、今でも彼らに愛唱されているという。

 

(昭和40年代の毎日新聞のコラムに掲載された記事です。)

 

もちろん戦争はとても悲しいものです。

ただ、現代の私たち日本人は、日本人らしい魂の方向性を間違えてきてしまっているのかなと感じています。

 

相手を重んじる心は、自然に生まれるからこそ美しいものであり、誰からも強制されるものではないと私は考えています。

ですが、 

「相手を重んじるべきだ。」

「人に親切にしなくてはならない。」

「迷惑をかけてはいけない。」

という「あるべき思想」が学校教育でも当たり前のように行われています。

その結果、自分の気持ちよりも相手を優先することが「正しさ」であると、過去の私を含め多くの人が勘違いをしています。

 

自我は自我を要求する

「あるべき思想」に基づく行為は、自我としての行為と言えます。

そして自我は、周りの人間にまで同様の自我を要求します。

 

例えばバスで老人に席を譲るとき、親切心ではなく「親切であるべき」としてその行為をすることで、自我は図らずも多くの見返りを必要とします。

自我は席を譲った老人の態度や、周りの譲らなかった人たちにも同じように「あるべき」を要求します。

 

「何故、あの老人は、席を譲ったのにあんなに偉そうなんだ。」

「何故、あの学生こそ譲らないのか。もっと譲り合うべきだ。」

 

今の日本は、その「あるべき」という思考を自分にも相手にも求めすぎて、がんじがらめになっているように思います。

そして、その自我の思考に囚われていると、人は「与えられること」がとても下手になっていきます。

 

人はありのままで「与えたい存在」

ですが「与えること」「与えられること」に自我などおそらく必要ないのです。

例え自我を取り去ったとしても、いいえむしろそうしたときに、私たちは人がどれほど与えられたい、そして何より与えたい存在なのか気づきます。

人は神の一部を与えられ、本来そうつくられているものだと、過去、誰よりも自我でがんじがらめになり、そして少しずつ手放してきた私は実感しています。

 

また、長い歴史の中に垣間見える日本人の魂の美しさに私はとても惹かれます。

それは、長年、肉体より何よりも魂を重んじてきた日本ならではの見返りを求めることのない純粋な美しさです。

 

与えることは幸せなこと

ありのままの「ただ与えることの幸せ」を自分の中に受け入れることで、「与えられること」もまた幸せな要素になります。

何故なら、自分が「与えられること」は、「与える幸せ」を相手に与えているのだから。

 

「与えられる」ことを否定することは、他者の愛情を受け入れないことと同様ではないでしょうか。

そして「ただ与えたい」その幸せを、人は誰からも剥奪してはいけないのです。

 

日本を愛した植民地 南洋パラオの真実 (新潮新書)

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