道の途中で

生き辛さ、不安を抱える人へ。スピリチュアルが私に教えてくれたこと。

思考は私ではない

私たちはいつも思考に囚われてきました。

「そうしなければならない」

「そう感じてはいけない」

「そうあるべきだ」

 

私たちは思考が自分だと思っています。

自らの思考において良いとされるものに従うことができる、悪いとされるものに従ってはならない。

思考が自分であると考えるから、それをコントロールしなければと思い込んでいます。

 

だけど、思考はあなたではありません。

あなたであれば、あなたはそれを完全にコントロールできるはずだし、振り回されることもありません。

 

今、何か言葉をひとつ思い浮かべてください。

何が浮かびましたか?

私は「芋」でした(笑)

だけど、私は「芋」のことなんて考えようとしていません。ただ流れてきたのです。

どこから?

 

つまりその苦しみは、本当は人から受けているもので、自分の苦しみではないかもしれない。それなのに、自分のものと思い込んで、自分の苦しみに変えてしまう。 

その苦しみはあなたのものでない (SIBAA BOOKS)

その苦しみはあなたのものでない (SIBAA BOOKS)

 

 

そして、思考はいつも正しいものでもありません。

思考は、私たちが生きてきた中で認識してきた過去の知識そのものです。

 

思考とは、過去の知識の寄せ集めに他ならない。

思考は、決して現在である「今ここ」を知らない。

 

思考を生きることは、過去を生きることだ。

幻想を生きることだ。

過去はもう存在しないがゆえに、過去を生きることは失ったものを生きることなのだ。

そこにどんな幸福があるだろう。

?それ?は在る―ある御方と探求者の対話 (覚醒ブックス)

?それ?は在る―ある御方と探求者の対話 (覚醒ブックス)

 

私たちは、思考にあまりにも多くを求め過ぎてきたのかもしれません。

それはそこにあることをただ認めるだけ、それ以上の価値を見出すものではありません。

 

思考へのコントロールを手放すとき、それはただ浮かんでは消えていくエネルギーの流れになります。

それをただ眺めている私たちから、怖れは消えて無くなります。

 

そのとき、思考でない心の奥底に残るのが、私たちの本質です。

優しく暖かく揺るぎない光、それが私たちの本質なのです。