道の途中で

生き辛さ、不安を抱える人へ。スピリチュアルが私に教えてくれたこと。

内面の怖れを写し出す鏡

私たちは、常に自分が今まで培ってきたフィルターを通して他者を認識しています。

そのフィルターは、過去におけるさまざまな学習から作られてきたもので、個人の歴史がひとりひとり違うように、ひとつひとつ異なるフィルターです。

 

私たちが認識している「他者」というものはそのままの姿ではなく、そのフィルターを濾過したいわば自分が作成した他者です。

 

怖れという感情をフィルターにたくさん埋め込んでいる人は、「他者」を自分の存在の多くを脅かすものと認識します。

逆に愛という感情をフィルターにたくさん埋め込んでいる人は、「他者」が自分を愛してくれる歓迎すべき存在だと認識します。

 

他にも、例えば神経質な人はマイペースな人を嫌う傾向にあります。

それはその人が、周りに合わせないといけないというような固定観念があり、自分の中にあるマイペースな部分を否定しているからに過ぎません。

 

また、男性の中で異様に「オネエ」を嫌う人がいますが、そういう方は自らの弱さを認めることを望まない方が多いように思うのです。

自らに女性的な弱い部分があることを認めたくないために、女性的な男性である「オネエ」を嫌うのかもしれません。

他者は、全て自分の合わせ鏡の存在なのです。

 

これは全ての人間関係において、もちろん親子関係においても同様です。

親子関係で悩んでいる人、親に愛されなかった、苦しめられたと感じている人も、親はあなたを憎んでいたわけでは決してありません。

親の中にある「怖れ」のフィルターを通してしかあなたを認識できなかっただけなのです。

 

私は、幼少期から大人になるまでにかけて母親に誉められたり励まされたりされたことがほとんどありませんでした。

かけられる言葉の多くが私に対する否定でした。

だから、私はずっと自分が至らない、価値のない存在であると考えてきたのです。

 

ですが、母親が見ていたのは本当は私ではなく、私の中にある認めたくない母親自身の姿でした。

母親もまた満たされない子供時代を送り、完全でなければ強くなければという怖れを持っていました。

だから私の弱さ、不完全さがどうしても許せなかったのです。

 

何故、親は私にそんなことができたのか分からない、許せない、私は絶対にあんな風にはなれない、と考える人もいるでしょう。

でもそれはあなたが過去に痛みを経験し、その苦しみを知っているからです。

あなたがその苦しみというフィルターを持っているからこそ、それがどれだけ心を傷め人生を困難にするのかを理解することができるのです。

フィルターを持っているから、親のそのような行為や思考をどうしても許せないと思うのです。

 

家族や恋人についても同様で、相手の許せない部分、気になる部分というのは、自らの許せない部分、否定したい部分でもあります。

他者はいつも私たちに自らに気づかせてくれるヒントを与えてくれます。

否定するのではなく、内面に問いかければ、目を背けたかった怖れと向き合い、それらを手放すことが私たちにはできるのです。