道の途中で

生き辛さ、依存性や不安を抱える人へ。スピリチュアルが私に教えてくれたこと。

感情を知ること

今になって本当につくづく感じることは、過去の私がどれほど自分の感情を無いものにしてきたかということです。

ものごころがついた頃には、私は目の前にいる人の気持ちを計らってからしか自分の感情を表せなくなっていました。

泣きたいときも笑いたいときも、相手も同じ感情なのかを確認し、そうでない場合は気持ちを封印し、そのうちに、自分の感情が自分でも分からなくなっていったのだと思います。

 

特に、苦しみや痛み、悲しみといったネガティブと言われるものには(もちろん感情にポジティブやネガティブなどはないと今は思いますが)その傾向は特に顕著でした。

実際、足を骨折しているのに痛みを感じず普通に歩いていたりしたこともあります。

痛みを感じにくいおかげなのか出産も本当にスムーズでした(笑)

 

私ほどでないにしても、多くの人は感情に善悪をつけ、封印したり心の中で常にジャッジメントをしています。

それは潜在意識の働きです。

 

小さなころ、暗闇が恐いときに言われた言葉

「そんなの恐くないから」

痛くて泣きたいときに言われた言葉

「そんなことで泣くなんて。男の子でしょ。」

苦しくて逃げ出したいときに言われた言葉

「そんなこともできないの。」

 

例えその出来事を忘れてしまっても、その言葉を今は思い出せなくても、潜在意識は無意識に同じように語りかけてきます。

 

ですが、過去は変えられません。

原因を探ることは、問題を解決するための糸口を探ることであり、それ以上のものにする必要はありません。

 

潜在意識とは何でしょうか。

私は辞書のようなものだと思います。

何かものごとが起きたときに頭の中で勝手に引かれる辞書。

それは自分では生きていけない幼少期に小さな頭で考えて小さな手でつくったもうヨレヨレの辞書。

ひらがなばかりで読みにくく間違いだらけ。

 

だったら私たちに出来ることはその辞書にありがとう、もう大丈夫だよと感謝して新しい辞書を選ぶことなのではないでしょうか。

その辞書は消えることはありません。

私たちの過去が消えないように。 

でも、間違いだらけの辞書を持ち歩く必要はもう私たちには無いのです。

 

感情は私ではありません。

だけど感情は私に生の喜びや苦しみをダイレクトに伝えてくれます。

それによって私はこころが求める道を選ぶことができます。

 

感情を封印しなくなった今、それはいつも雪崩のように心を動かしそのパワーに私は圧倒されます。

流されることなく逃げることなく向き合っていけたら、といつも思っています。