道の途中で

生き辛さ、依存性や不安を抱える人へ。スピリチュアルが私に教えてくれたこと。

愛を学ぶ場所

よく子どもは親を選んで産まれてくると言われる。

とてもそんなことは信じられないと言う人。

自分が選んでしまったのだからしょうがない。でもこんなはずではなかったと言う人。

良い部分だけを見ようとして、満たされない自分に気づかない振りをし続ける人。

 

だけど愛の欠如は、おそらくどんなに優れた親であっても必ず起こる。

この世界で愛と愛の欠如を教えてくれるのが親であり、何よりその欠如こそが私たちを愛という道に向かわせる原動力になる。

 

人生の中で、愛に似たものをたくさん求め、手にしては失望して投げ捨てる。

繰り返し繰り返し、数えきれないくらい。

それでもそれを求め続けることができたのは、きっとその欠如があったからだ。

 

もし幼い頃、充分な愛に満たされていたらどうだっただろう。

こんなにも愛を求め、探し続けただろうか。

これほどまでに誰かに与えたいと思っただろうか。

誰もの心の内にそれを見つけたいと、どうか見つけて欲しいとこんなにも願えただろうか。

 

遠く遠く、とても手が届かないところにあると思っていた愛が、どこよりも近くにあったと知るとき、私たちは産まれてきた場所も通り過ぎた過去も自分の中に統合することができる。

行き着くところ、人は絶対的な愛を知るために試行錯誤して生きているのかもしれない。

 

私はおそらくその愛を学ぶために、この人生のこの場所を自ら選んだのだと思う。

そしてそれは間違いではなかったと今では思っている。